鯉のぼりの起源や由来の歴史は?飾る時期といつしまうかを考察した!

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鯉のぼりの歴史的な起源と、その由来や吹き流しの意味などを調べてみました。
矢車が風でくるくる回って、すごく感じがいいです。

端午の節句の飾りといえば、鯉のぼりですが、最近は金太郎などの人形や、兜も人気ですね。

が‥昨今の住宅事情で、鯉のぼりを設置する場所がないので、室内に設置したり、ベランダに飾ったりする家庭も多いようです。

我が家の、5mの高さの鯉の写真を添えて、鯉のぼりについて考えてみようと思います。

小さいお子さんがいる家庭では、この端午の節句を機会に、鯉のぼりのイラストや、折り紙で遊んでみるのもいいかもしれません。

って・・我が家でそうなのですが・・どうやら幼稚園で、そういう遊びのようですね。

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鯉のぼりって、いつの時代からあるんでしょうか?

さて??

考えてもみなかったのですが、この機会にちょっと調べてみましたよ~~

端午の節句の由来と起源は?

管理人の自宅の鯉のぼり
(管理人の自宅の鯉のぼり)

まずは、こいのぼりの前に、端午の節句って、どうして生まれたか?
そこからが重要のようです。

 

端午の節句の起源になった屈原(くつげん)はどんな人?

 

まずは、そのもとになった

「屈原(くつげん)(前340頃~前278頃)」

という方。
今から2300年程前の、楚(そ)の国の国王の側近の方です。
この屈原さん・・正義感が強く、国民からものすごく慕われていたそうです。
然し・・いつの時代もそうですが、反対派がいるわけです。

陰謀で失脚!

国を追われてしまったのです。
その時の屈原の作品

長編叙事詩「離騒(りそう)」

は、中国文学史上で屈指の名作と言われてるそうな。

絶望した屈原は汨羅(べきら)という川に身を投げたとあります。

しかし、国民は屈原の遺体が魚に食べられないように、どらで脅してちまきを餌に撒いて、魚を寄せ付けないようにしたそうです。

これが、竜船が競争するドラゴンレースの起源だそうですよ~~

ちまきの由来もここからだそうです。

 

端午の節句が5月5日のわけは?

 

で・・その屈原さんの命日が5月5日

屈原の政策は、国民に広く支持されて、その5月5日の供養の行事になって、やがて中国全土に広がったんだな。

三国志の魏の国の定めでは、病気や災いを避ける、端午の節句として

「5月5日」

に定められたと、あるようです。

 

日本での端午の節句は?

 

日本では、端午の節句が行われたのは

「奈良時代」

と言われているようです。
端午というのは、もとは月の端(はじめ)の午(うま)の日という意味のようで、もともとは5月に限ったことではなかったそうです。

しかし・・午(ご)と五(ご)が同じ発音で、毎月5日だったそうですが、5の合わせで

「五月五日」

になった?
ちょっとわかったような、わからないような‥

いずれそんなことのようです。

ということは、屈原さんの命日の「5月5日」という、考え方ではなかったのかな‥日本に入ってきたときは。

かもしれませんね‥真相はロマンということで。

・・・・・・・・・・・

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鯉のぼりの起源や由来は?いつから始まった?

奈良時代の端午の節句は、あくまでも厄払いの行事で、いわば節分のような豆まきと同じような意味かと。

なので、行う行事内容が違うだけで、意味合いは同じようなものと、私は思いました。

端午の節句では

  • 1:薬草摘みをしたり
    2:蘭を入れた湯を浴びたり
    3:菖蒲を浸した酒を飲んだり

などなど・・この菖蒲を用いることから、武士の世界では

「菖蒲の節句」

ともいわれ、ならばゲン担ぎの

「尚武」

と並んで、男子が生まれたら、武運を祈る行事になっていったようです。
飾りは、家に伝わる兜や、鎧など・・

 

鯉のぼりはいつごろから始まったのだ?

 

室町時代に入ると、5月5日の端午の節句には、竹竿に布の吹き流しを、立てるようになったそうです。

江戸時代には、裕福な商家はもともと武具はないですから、派手な吹き流しや挿絵などを作るようになっていったそうな。

そこで、登場したのが、竜門のたとえ!
もともとが、屈原さんの命日で、どらを鳴らした竜門レース。

引用します。

中国の正史、二十四史の一つである後漢書による故事で、黄河の急流にある竜門と呼ばれる滝を多くの魚が登ろうと試みたが鯉のみが登り切り、竜になることができたことにちなんで鯉の滝登りが立身出世の象徴となった。栄達するための難関を「登竜門」と呼ぶのも、この故事にもとづく。
(wikipediaより引用)

これをたとえて、江戸の中期には、飾りが鯉になったようです。
江戸の将軍様に、お子さんが生まれた時などは、江戸城に幟やたくさんの作り物や鎧や兜で、あふれかえったそうな!!

鯉は出世の魚とも、いわれていたようですね。

 

現代の鯉のぼりになったのはいつ?

 

当時は和紙に鯉を描いたもので、手作りですね。(当然です)
和紙ですから、長持ちはしなかったでしょうね。

大正時代になると、錦の鯉が誕生。
これは破れません。

昭和30年代になると、今のような合成繊維のものが生まれたようです。
我が家の鯉のぼりも、大きいけどこの化学繊維で出来ています。

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鯉のぼりはいつ出していつしまうかの考察!

さて??

いつ出して、いつしまえばいいのだ?

これはその地方によって、違うようなので、私の例で代用いたします。(ここは宮城県です)

暦って、本当に都合がいいと思うのです。

なんで?

新暦と旧暦があるからです。
都合が悪ければ新暦で・・都合が良ければ旧暦で・・

世の中これでいいのだ~~って思うんです。
って我が家のおふくろさんが、そういう方で、何事もいい方向に考えていくんだな。

それでいいのだと思います。

で・・結局いつなんだ?

私は、個人的に一ヵ月は飾っていたい。

なので、終わりから逆算します。

桃の節句は、3月3日前にしまうという、例ですが、端午の節句は後に押すんだな。

なので、私は5月10日ころを目安にします。(解釈のしようで・・旧暦ならまだまだ先ですよ~~)

なので、4月10日過ぎたあたりで、天気の良い日と、日を見て・・

例えば大安日とか、先勝は好きですね!
間違っても、仏滅や友引は個人的には嫌いです。

鯉のぼりの起源と由来のまとめ

やはり中国からの由来でした。
日本と中国は、文化的に何事も関連があるんですね。

何せ、中国4000年の歴史は、やはり偉大だと思います。

しかし・・屈原さんは、知らなかったな~~

鯉の滝登りは知っていましたが、それが鯉のぼりと関係があるとは!!

桃の節句は、女の子で端午の節句は男の子!

「尚武」

とはこれまた威勢がいいですね~~

でも、お子さんが男の子なら、親ならだれでも我が子にはたくましく・・そう思うのは必定かと。

我が家でもそうです。
男の子は元気がいいですね!

・・・・・・・・・

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今の時期にはまだまだ先のことですが。
でも時間がたつのはあっという間ですね~~~

*一番上のヘッダーの写真は我が家の池の鯉です。

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