臥薪嘗胆は誰の言葉?由来と意味は?使い方と例文を調べてみた!

円通院の苔の庭の風景写真

「臥薪嘗胆」読み方は「がしんしょうたん」
言葉(ことわざ)の由来と、意味や訳や、この言葉は誰の言葉かを、中国の春秋時代の、少しのあらすじも交えて、紹介します。

登場人物は、越国の王「勾践(こうせん)」と、呉の王「夫差(ふさ)」の、国をかけた争いの、その中から生まれた、屈辱を忘れずいつか必ず・・そういう思いを込めた言葉です。

呉の王「夫差(ふさ)」の父は、闔閭(こうりょ)といって、孫子がつかえた方です。

ここから有名な孫子(孫武)の兵法が生まれて・・のちにこの「臥薪嘗胆」の時期に移動するんだな。

それと、越の優秀な部下の「范蠡」は、まさに人生の達人・・私は大好きです。

孫子の兵法がありますが、その時代の話です。

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宇宙戦艦ヤマトのラストシーンで、デスラー総統が言った言葉・・確か・・

「私は屈辱を忘れん男だ!!」

そういって、ハッチを自ら開けて、死を選ぶシーン。
しかし、古人は臥薪嘗胆を選び、いつか再起してこの屈辱を晴らさん!
そう思っていたんだと思います。

そんな思いの心情を現した、素晴らしい言葉だと思います。

Contents

臥薪嘗胆の意味と由来は?誰のことを指した言葉か?

中国でいう春秋時代とは「紀元前770年~前453年」のことを言うようです。
ずいぶんと昔の話です。

この内容は、ずいぶん前ですが、「孫子」だっけなあ~~衛星放送で、毎週放送してみていました。
以下あらすじを交えて、この言葉の意味を紹介しようと思います。

 

臥薪嘗胆の歴史的な争いのあらすじは?

 

孫子(孫武)がつかえた呉王闔閭(こうりょ)(夫差の父)が、孫子の制止を振り切って、越に侵攻!

そして返り討ちに合うんです。
負傷した闔閭はその傷がもとで、死亡。

その屈辱を果たさんと、またその思いを絶対に忘れないと、心に刻むために、夫差はいつも薪(たきぎ)の上に寝て、身を苦しめたといいます。

そのシーンは、その続編でありましたね~~
よ~~く覚えています。

んで・・首尾よく孫子の兵法の助言や助けもあって、軍備を整えて今度は満を持して、夫差は越に侵攻!

見事に、屈辱を晴らしたのですが、その勾践が降伏したのは

「会稽(かいけい)山」

というところで、ぐるりとその山の周囲を取り囲まれて、最初は自害するといったのですが、名補佐大臣の「范蠡」が説得して、降参。

これのたとえで、恥辱的な負けをその後・・

「会稽(かいけい)の恥」

というようになったようです。

その時に、夫差が勾践の課した条件が、呉で監禁されてほぼ奴隷になること。
范蠡が言う、生きてさえいれば・・

その言葉に乗ったわけです。
優秀な部下だったんですね。

越王勾践とその主従は、呉で囚われてほぼ奴隷のような、重労働を課されていたのですが、その負け戦の恥・・要は

「会稽(かいけい)の恥」

を、いつか注ぐために、こちらもあの屈辱を忘れない・・そういう思いで苦い胆(きも)を嘗(な)めて報復の志を忘れまいとした

これが

「嘗胆」

です。
テレビでは、確か記憶違いなら申し訳ないですが、豚の肝だったように記憶しています。

したがって、言葉の意味の登場人物には

呉王の夫差:臥薪
越王の勾践:嘗胆

です。
この後どうなったか?

 

臥薪嘗胆の決着はどうなったか?

 

越から貢物で呉は潤ったのですが、夫差はお国の経営はそっちのけで、興にふけるばかり。

越は、貢物でアップアップだったのですが、范蠡の工作によって全員が越に帰還!

その後、呉は越に・・勾践に滅ぼされてしまいました。
またまたその後、勾践は中原の覇者になったんだな。

余談ですが、范蠡は勾践が屈辱を晴らした後、自分に危害が及ぶことを恐れて、国を捨てたのですが、行った先々で商人で大成功を繰り返したんです。

なので、范蠡は人生の達人ともいわれるようです。
ある意味孫子よりも、尊敬されてるとか・・

一般の方々にとっては、兵法なんぞよりは、どうやったら成功するか?
そっちのほうが、重要なのかもしれませんね。

 

臥薪嘗胆の意味は結局どういうこと?

 

もうこれ書かなくてもよさそうに思うのですが、いちおう・・

「敵を討とうとして苦労し、努力すること。目的を達するため苦労を重ねること。」

この場合は敵だったのですが、スポーツなら相手チームとか、ライバルだとか・・
気持ちを、臥薪嘗胆に持つという意味で、よろしいのではないかな~~って思います。

もしくは、ビジネスでライバルに屈した、屈辱を忘れない・・そういう思いでもいいかと。

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臥薪嘗胆を書いた本と作者は?

この物語は、有名な「史記」の中に出てくるようです。
史記は、中国で最初の歴史書といわれるもので、著者は

「司馬遷」

という方です。
あんりゃ~~この方紀元前の方です。
紀元前145年~86年という、説明です。

その史記の中の、「越王勾践世家」の章に出てくるという説明です。

驚きます。
紀元前ですか~~日本はどんな時代だ??

臥薪嘗胆のことわざの使い方や例文は?

昔の中国の、いわば戦国時代のお国をかけた戦いでの、そんなときのことわざです。

現代では、どうなんでしょうか?
皆さんはこの言葉を使いますか?

でもこれって、しゃべるものではなさそうです。
自分の気持ちの中に、秘めておくもの!!

私はそう思います。

 

臥薪嘗胆の例文はこうではないかな!!

 

私が勝手に、使用例を書いてみようと思います。

  • 1:この屈辱は臥薪嘗胆、絶対に忘れない!いつか必ず雪辱する!
    2:この負けはおよそ臥薪嘗胆レベルだな・いつか必ず雪辱する!
    3:今日の会議では準備不足で大恥だ!臥薪嘗胆次回は誰が来ても絶対に納得させる!

かな~~と。

このことわざには、夫差も、勾践も国をかけて、お互いに負けがあるんです。
なので、命をかけた戦いに敗れた屈辱があるんです・・これ大事かと。

使い方は、やはり私は「屈辱」の思いがある例えなのかな~~
って思います。

まあ~~言葉のレベル的には、重いかな・・と思います。

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臥薪嘗胆のあらすじと意味のまとめ

臥薪嘗胆お歴史的な背景と、あらすじを紹介しました。
これは、中国ドラマでの日本の衛星放送や、今ならGYAOでも見られるかと思います。

興味のあるかたは、チェックしてみてください。

越王の勾践が、呉を出られたのは、范蠡の策略と上記に書きましたが、いずれにしても事の話は、紀元前400年代のお話。

テレビの放送では、范蠡の策略は呉王の夫差は、大の女性好きだったのを利用して、越国の美女を送ったのですが、その中に

「西施」(せいし)

という絶世の美女がいたんです。
夫差は、夢中になって、策にはまって越王の勾践らを解放したんですな。

その、「西施」は、范蠡の妻となって、越を出奔するのに従った。(もともとが范蠡の妻の設定)
テレビ放送ではそうでした。

ロマンですね。

ちなみに「西施」は中国4大美人の中の一人に上げられる、絶世の美女!

世の中はいつの時代も、女性で動くのかもしれません。

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